ジャグリング日記

 
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2000年8月15日

「SFが高知にやってきた!・その2」

手結盆踊りの花火
夜須町の予算じゃ花火の規模も知れているが
「水中花火」だけは圧巻!
写真下部の火柱は海面に向けて花火を発射
しているところ。
このあと写真外の右側で爆発が起こる。

夜須町手結盆踊り名物「水中花火」
防波堤から海面に向けて花火を発射、
海面で花火を爆発させる
 SFが高知に来て2日目の8月15日は我が町
の盆踊りの日。役場の許可を得て手結海水浴場
で大道芸をすることとなった。
 暑い中での大道芸で あったがみんなよく頑張った。
結局お客さんは誰もいない状態で海水浴客が遠巻き
に見てる程度であった。
 盛り上がりに欠けるゲリラショーであったが、みんな
最後まで精一杯演じた。
 みんな腕上げたなぁ・・・。しばらく見ないうちにすごく
上達している。花家くんのファイアーデビルスティック、
中々の迫力。お客さんがいないのがもったいない・・・
と、周りを見回すと・・・

なんだ、結構みんな見てんじゃん!

 夜はペンション「友遊」でバーベキュー。知り合いの
人を呼んでのジャグリングショーをやったあと、
花火を見に行く事になった。厚木市の夏祭りとじゃ
花火の規模が違うだろうし、小さな田舎町のショボイ
花火なんか見せてもしようがないと思ったが、
手結(てい)盆踊り名物「水中花火」には
SFのメンバー全員、大興奮。
 海面で爆発する花火にはみんな驚いていたようだ。

 はてさて、あっという間の二日間が終わり、次の日は
大阪に向けて出発のSF。SFのメンバーはいい思い出が
残せただろうか。結局ロクなおもてなししか出来ず、
慌ただしいだけの三日間であった。
 SFの小さな曲芸師たちの研修旅行は25日まで続くと
いう。大阪、和歌山、三重と旅は続く。
 今度彼らに会えるのはいつになるのかわからない。
その時までしばらくのサヨナラだけど、またきっと昔と変わ
らない元気な笑顔を見せてくれる事だろう。
 小さな曲芸師たちはきっと大きな事をやり遂げるに違い
ない。ガンバレSF!ガンバレ小さな曲芸師たち!
君達の事は一生忘れない。

 SFが帰った後、すでに夏が終わった感じのワタシ
なのでありました。


2000年8月14日

「SFが高知にやってきた!・その1」

SFはなんと一台のバスに乗ってやってきた
































小さな曲芸師たち 厚木少年少女大道芸集団
SF(シンプルフレンドリー)のみんな
 高知にUターンして最初の夏。
今年の夏は高知に大きな来客があった。神奈川にいた時に
大道芸を教えた厚木市の少年少女大道芸集団
「SF(シンプルフレンドリー)」が夏季研修ということでワシを
訪ねてやってきたのだ。

 SFと出合ったのは一年半くらい前だろうか。SF顧問の
古瀬村氏から子供達にジャグリング(曲芸)を教えてあげて
欲しいという話があり、ディアボロ(中国コマ)を見せてあげた
のがきっかけだ。
 SFのメンバーは意外にも興味を示し、今ではすっかり私の
手を放れ、神奈川全域で数々のイベントをこなすまでに成長
した。
 ワタクシ的にはジャグリングの面白さのきっかけを教えたに
過ぎなかったがみんな私を「サカモトさん」といって慕ってくれた。
SFは私にとって神奈川生活における忘れる事の出来ない
面々なのだ。

 SFの子供達はでっかいバスに15人が乗って神奈川県
厚木市からやってきた。すごいもんである。
ほんとによく来たなぁ。
 3ヶ月半ぶりに再会したSFの面々は相変わらずであった。
なんか、昨日会ったばかりのような、これといった懐かしさは
なく、これまでと同じ元気な顔ぶれであった。

 高知に到着したこの日はワシの実家で「おきゃく」(*1)
開いた。
 せまい家に大勢の子供達が押し寄せ、実家は大騒ぎの
宴会状態となった。せっかく高知に来たんだから美味しいもの
を用意しないとと、母上は皿鉢や刺身を取り、結構豪勢なもの
だった。大半が子供達だったが、高知の料理には喜んでくれ
ていたようだった。
 この日は古くからの友人である松田夫婦も招いての
「おきゃく」であったがSFの子供達は日頃覚えた手品を松田
夫婦に対し、寄ってたかって披露。この日は遅くまで大騒ぎ
の「おきゃく」となった。

*1 高知では宴会の事を一般的に「おきゃくをする」という。



2000年8月5日

「たかが大道芸!されど大道芸!」

 昨日のショックから立ち直らぬままこの日は夜須町で開かれた
「夜須の小さな祭り」への出演のため、会場に出かけていった。
大道芸におけるインパクトとは?
アピールする何かとは?
 昨日の薬師寺祭りで欠けていた、そして結果的に最悪のイベントとなって
しまった要因に対する答えを出せぬまま・・・。
 行きたくねぇ・・・。
本当にそう思った。昨日の二の舞は御免だ。しかし、今日やる演目は
変わらない。いや、変えようが無い。芸の幅が狭いが為に・・・。
 そして大道芸披露の時間。ワシはへこんだままステージに上がる。
みなさん、こんにちはー!!
マイクを通して精一杯のあいさつをする。
すると・・・
会場からは大きな声援!みんなが注目してくれている。
あれ?昨日とは違うぞ?
そして昨日と同じルーチンで大道芸はスタートした。
お客さんからはわれんばかりの拍手!
ベタなボケにも笑ってくれる!
自分でも不思議なくらいウケてくれる観客のみなさん。
いける!今日はいけるぞー!
技も冴える!
あっというまに最後の演目、トーチ(たいまつ投げ)に。
時間は20:00を過ぎていることもあり、火柱が異様な迫力で燃え上がる。
観客の
おぉ!
の反応に豪快にトーチをブン投げる。
た、楽しかった・・・。こんなに楽しいイベントは久しぶりだ・・・。
そしてラストトーチのボケ2連発。
「トーチの火を何度消しても消えない」にも、
にぃちゃん、消えてないで!
の声。
「トーチを口に入れると見せかけ、吹き消す」も、
あぶない!やめ!やめとき!!
と言ってくれる。こんなにやりがいのあるイベントになるとは。
昨日と違う点は
ハンドマイクを放さなかった事と、司会の浴衣姿の女性が
いい感じでツッコミを入れてくれた事
うーん、この二つだけでこんなに違ってくるものなのだろうか?
今後、この二つだけは気を付けなければ・・・。
何はともあれ、今回のイベントでなんとか自信を取り戻したワタシなのでした。


2000年8月4日

「あんたの芸は最低や!!」


 
 
 
野市町から
いらしていた
創作和太鼓の
みずたこうじさん
 高知での初めての本格的なイベントの仕事。
先日放送されたRKC「おはよう高知」を見たとのことで、
主催者の方から連絡があったのだ。
 場所は高知県長岡郡大豊町の国宝薬師寺での薬師寺祭り。
ワシにとってはついにこの日が来てしまったという感じ。
 なんせ、今までJAMとして4〜5人で30分のショーをやっていた。
各自、得意のジャグリングを担当とし、3〜5分の技を交代で
やっていたのだ。ワシの担当はディアボロ(中国コマ)。
 どんなに長く演じても5分以上はもたない。
それがこれからは一人で30分を演じないといけないのだ。
苦悩した結果、組み立てた演目は

1.ボール
2.ディアボロ
3.ゾンビボール
4.ナイフ
5.ナイフ&イーティングアップル
6.トーチ

 これ以上は出来ない!出来んのだ!!
30分もつかな・・・。

会場はテントの中で焼肉バーベキュー。観客はざっと200人。
会場は大騒ぎ。で、ワシの出演は初っ端。いざショーが始まると
ほ、ほとんど見てない・・・。
ボケなんか、誰も聞いてない・・・。
自分なりには目立った失敗も無く、終わったつもりだった・・・。
盛り上がりに欠けたな・・・。まだまだ修行がたりん・・・。

ワシの次に出演したのが野市町からいらしていた創作和太鼓の
みずたこうじさん。
かっこよかったー。迫力が違うなー。以前、座間市で大道芸
やったときによさこいに圧倒された事を思い出すなー。

このあとカラオケ大会が始まったのでワシはみずたさんと話を
しようと、焼肉を一人食いながら待っていると、隣の席の
泥酔したおじさんが、
よーよー、大道芸の先生やろー!?
ははは。愛想よく話していると、そのおじさんは
ジャグリング?ワシャ、できんよ、できんけどね、を5回ほど
繰り返したあと、
ジャグリングはいかんねー!
をかわきりに
インパクトが
足りんのじゃ!
ガーン!
あんたの芸は最低や!!
ガーン!ガーン!!
デーブ大久保の
モノマネしたほうが
ウケる!!!
ガーン!ガーン!!ガーン!!!

おじさんはガハハと笑いながら、そこまで言う・・・。
テクニック以前の、根本的な演出面を否定されたワシ。
おじさんが言うには
初っ端に口から火を吹け
とのこと。
ンな危険なこと出来るわけないやん!
でもおじさんに返す言葉の無いわしは
当分立ち直れそうにありません。主催者の方には
「お客が愛想なくってすみません・・・。」
って言われたけど悪いのはワシ。わかってる。
あぁ〜ぁ。大道芸の本質ってなんだっけ?
はぁ〜。


2000年7月18日

「年の数だけ手を叩こう!」


 ついにこの日が来た。そう、今日は私の誕生日なのだ。

この日、地元の幼稚園で誕生日会が開かれた。
 ワシはその席に芸人として招かれたのである。
ま、やる内容は前回の保育園と同じでいいだろうと思ったが、
今回、あることに挑戦した。それは「プラスチックのバットのお手玉」。
一本¥400で、安かったので3本まとめて買った。
 クラブと同じ要領でお手玉できるので特に問題はない。
 ま、見る側からすれば面白いであろう。しばらくこんな感じで芸の
幅を広げるしかないな・・・。

 さて、幼稚園に到着すると、まず7月の誕生日の子が前に整列し、
みんなで祝う。すると保母さんが、
「前にどうぞ」
という。

なぬぅ?ワシも参加すんのかぁ?

そして誕生日の歌の大合唱。

♪お誕生日おめでとう〜
♪年の数だけ手をたたこう〜
♪いち、にい、さん、しい、ごう、ろく! おめでとう〜

お、なかなか面白い歌だな。
その時、ふとなんかいやな予感が・・・。

歌はまだ続く。

♪お誕生日おめでとう〜
♪年の数だけ手をたたこう〜
「はい、30回たたきます!」

なぬぅ??

♪いち、にい、さん、しい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・にじゅうはち、にじゅうきゅう、さんじゅう!!

トホホ、やっぱりワシも祝ってくれるのね。
でも22あたりで勘弁して欲しかった。

 んでもってパフォーマンスの方も無事終了。
約30分程度のショーでした。
 手品に関しては保母さんの方がびっくりしてました(笑)。
とりあえずショーの依頼はこれにて終了。

 あー次の依頼入ってこないかなー。
 


 

2000年7月14日

「こんなに大きくなりました」

 母の友人のつてで夜須保育園の誕生会で大道芸を
披露することになった。
 高知に帰ってきてからの初めてのイベントの依頼である。
対象は0歳児〜4歳児。今までも幼稚園などでジャグったことは
ある。特に問題なく依頼を引き受けた。
 しかし、今回のイベントで私なりに気を付けていた事があった。
それは、たとえ保育園児であろうと、子供だましの芸はやらないで
おこう、ということである。
 実は私が保育園児であった頃、当時、老人会のみなさんが芸を
披露しにきてくれたことがあった。私の記憶の片隅にそのときの芸は
つまらなかったな・・・。という思い出を今でも覚えているのだ。
 そう、たとえ保育園児であろうと、つまらない芸はつまらないもの
なのだ。
 さて、今回用意したプログラムは

「おてだま」
  3ボールとクラブのカスケード
「ちゅうごくのこま」
  ディアボロ
「まほうのぼーる」
  マジック(ゾンビボール)
「いくつある?」
  マジック(スポンジボール)
「ろっきーくん」
  パペットパフォーマンス(ラクーン)
「ふうせん」
  バルーン

 の5つ。だいたい30分程度のショーであった。あらかじめタイトルを
スケッチブックに大きく書き、みんなに見せる事にした。
ところがここで問題発生!4歳児未満は字が読めないというのである!

なぬぅー!?

そうだったのか。ま、いいか。口で説明しながらやることにしよう。
いざ、部屋に入ると、ざっと50人の子供たち!そして凄まじい熱気。
しょっぱなから汗だくになってしまった。

暑ぃ〜!!!

すぐにポロシャツはずぶ濡れ!汗を拭き拭きの大道芸。
芸自体はとどこおりなく終わったのだが、子供たちは口を「ぽか〜ん」
と開け見入っている。
う、ウケけてんのだろうか?ま、後ろのほうでは保母さんがウケていた
のでヨシとしよう。
 今回地元の保育園に訪れ、驚いたのは私が保育園児だった時の
先生がまだいて、なんと私を覚えていてくれた事である。

 はい、あの頃の私はこんなに大きくなって芸達者になって
帰ってきました。

みなさん、昔の頃の話しをしてくれたが、なんかむずがゆくなってしまった。
それと、保育園児の中に同級生の子供がいたのには少し複雑な
心境であります。
 さて、この日、幼稚園の先生も見に来てくれて、今度7/18に
来て欲しいという事になった。やった!次の依頼が入った!
 そう、7/18は私の誕生日でもあり、広末涼子の誕生日でもあるのだ。
(特に意味ナシ)
がんばるそー!
 




2000年7月11日

「土佐山田町・和傘を探して・・・」

   大道芸の技の幅を広げる計画として「和傘」「シガーボックス」
に挑戦することにした。「和傘」は染ノ助・染太郎でおなじみの
あれである。
 でも高知で和傘(蛇の目傘)売ってる所ってどこやろ?
一番最初に思いついたのは観光地でのお土産やさん。早速、
鍾乳洞で有名な「龍河洞」へ行ってみた。まだいくつかのお土産
屋さんは閉店中で開いてる店で聞いてみた。
 「和傘・・・?踊り傘ならあるけど・・・。」
踊り傘は和傘だけど蛇の目傘より一回り小さい。ここで妥協しても
しようがないので何件か回り、和傘が手に入りそうな場所を
聞いてみた。すると、隣町の土佐山田町に「水田の下駄屋」と
いう所があり、そこにあるかもしれないという重要情報を入手!
礼を行って土佐山田町に向かった。
 なるほど・・・。下駄屋かぁ、あるかもしれないな。
町の人に道を尋ねながら「水田の下駄屋」を発見!・・・と、
看板は「水田シューズ」となっており、ただの靴屋だった。
ダメ元でお店の人に蛇の目傘を置いてあるか聞いてみた。
「和傘ねぇ・・・置いてないです。すみません。
えーっと、和傘みたいなのなら・・・」
と言い残すと店の奥に行ってしまった。どうしよう。”みたいなの”
じゃ困るんだけど・・・。
しばらくして戻ってきたおじさんの手には立派な蛇の目傘が!
私は思わず「うぉ!」っと感激の声を上げてしまった。
「少し破れてるけど、売り物じゃないし、持って行きなさい」
な、なんとタダでくれるというのだ!私は丁寧に礼を言って
お店を後にした。
 すると、向かいの店の看板に「おもちゃと毛糸の店」と書いて
ある。和傘練習用の紙風船を探していたところなので店に入ってみた。
誰もいない店内。そして私は店に置いてあるおもちゃに驚いた。
そのあまりの古さに。
「この店、15年前から時間が止まってる・・・。」
スピルバン変身セット、ビスマルクのお面、タッチのボードゲーム。
そして私が小さい頃遊んだおもちゃがズラーっと並んでいる!
と、ある商品に目が止まった。「Mr.マリック超魔術セット」。
買う!買うぞー!そしてその隣にはなんと、

ファミリーコンピュータディスクシステムぅ〜!!!

それも2個!!
極めつけは

ファミリーコンピュータ用「ファミリーロボット」!!!

 みなさんはこのファミコンと連動して動くファミリーロボットの
存在を知っているだろうか!!
結局、紙風船と「Mr.マリック超魔術セット」を買って店を出た。
恐るべし土佐山田町。この町にはまだまだ人に忘れられた秘密スポット
があるかも知れない。
 


2000年7月10日

「RKCテレビ<おはよう高知>収録」


     とうとうRKC(高知放送)の収録日が来てしまいました。
天気は曇り。でも撮影前のウォーミングアップで汗びっしょり
になってしまいました。
 場所は夜須町手結海水浴場の砂浜。駐車場側でやりたかったが、
観客がいないということで砂浜に出向き、海水浴をしている
人、全員に集まってもらっての撮影。(足場がわるい〜)
 ここで大きな問題発生!ワシ、一人でショーやったことが
無いのだ。今までは5人くらいで30分程度のショーをやって
いた。だから担当する芸は決まっていてこれまでもディアボロ
(中国コマ)以外やった事が無い。どげんしょ!
とりあえず、ディアボロ、クラブ(こん棒)、トーチ(たいまつ)
、ボール、バルーンで20分位の芸を披露。でもなんとか
所々で笑いは取れたし、いいんじゃないでしょうか・・・。
(トーチなんか、2週間前から始めたばっかだっての。)
 でも今思えばメッチャ早口で喋っていたような気がする。
 その後、「公園通りのウィークエンド」「こうちNOW」の
アナウンサー花房果子さんと浜辺に座ってのインタビュー。
これについてもなんか、トンチンカンな事喋ったような気がする。
 そんなこんなで撮影は終了。どうしよう!絶対寒い番組に
なりそう!もうワシ、夜須の町歩けんかも。それに
このTV見て夏祭りへの出演依頼が来たらどうしよう!!
今のうちに技を増やしておかねば・・・。とほほーい。
 

2000年7月7日

「再会・・・」


 RKC(高知放送)の収録は月曜日。
あせってもしようがない。梅雨時にはめずらしくココのところ
晴れた日が続いている。台風3号が避けて通ってくれた
おかげだろう。あとはひたすら練習に励むのみ。
 今日も元気にトーチの練習をしていると、ベビーカーを
押す、若い女性が通っていった。子供の散歩だろう。

・・・! あ、Y子だ!

 中学校までの同級生である。何年ぶりだろう、高校のとき
スーパーでバイトしてたのを見たきりだから12、3年ぶり
だろうか。家は近所だが、お互い滅多に会うことはなかった。
 向こうも気付いたようで軽く会釈をしてそのまま通りを
行ってしまった。
う〜む。なんか話しゃよかったな。ワシ自身、高知に帰ってきて
からはロクに知り合いに会ってないし。
すると、Y子は通りの向こうを折り返してこっちに帰ってきた。
ワシはとっさに手招きしてY子を呼んだ。
そして「奇術師&大道芸人・Mr.マーさん」の名刺を渡した。
話すきっかけが思いつかず、苦肉の名刺作戦に出てしまったのだ。
 これといって用はなかったが色んなことを話した。結局自分の
事ばかり話していたような気がする。
 しっかし、Y子がこんなに可愛かったとは・・・。正直驚いた。
昔はクラスで一番チビな女子ぐらいにしか思っていなかったし。
 なにはともあれ昔の同級生に会えた事、そして意外に綺麗に
なっていた事に顔をほころばせながらも赤ちゃんにバルーンを一個
作ってあげてY子と別れた。
 大道芸人とベビーカーを押す若い母親。夕暮れ時の田舎町は
今日も平和である。
 


2000年7月5日

「オリンピックイヤーだしね・・・。」


 ここ最近、火を使った練習が多いので家の前で練習を
続けている。当然、近所の人たちには知れ渡っている。
こんな田舎じゃすぐ噂になるだろうな。
 隣のおばあさんにいたっては何の関心も示さなくなった。
このおばあさん、夕方になると外を散歩しているのだが
ワシが火を”ゴゥゴゥ”言わせながらジャグってても
何の関心もなく横切ったりする。
最近はもう下校途中の小学生が立ち止まるくらいだ。
 いつものようにススに咳き込みながら練習していると
隣のおばあさんがこっちを見ている。やっと関心を示したのかな
と思っていると、そのおばあさんは一言、

「火の練習かえ?
持って走った方が楽じゃない?」

「・・・。」

わしゃ聖火ランナーかい!!

やっぱりこのおばあさんあまり関心がないようだ。
 



トーチは灯油を染み込ませて着火。
持ってるだけでもこれだけの火柱が上がる!


2000年7月4日

「ナイフ事件」


注文してたジャグリングナイフがやっときた。
ナイフはトーチ(たいまつ)とならんでずっと欲しかった
道具だ。
 クラブもある程度出来るようになったし、
よし!ナイフに挑戦!と、やってはみたものの、
なんか勝手が違う。
重量はあるは、重心が真ん中ときている。
 クラブやトーチのように重心がかなり前の方に
あるのとはちがってナイフは刃の先端が顔のすぐ前を
回転するのだ。
 こりゃ、手元が狂ったなんてことになると
ただじゃすまねぇな・・・。
 なんだかんだいいながら毎日家の前でナイフを
お手玉してます。
 と、ナイフを投げる姿勢で構えていると近所の
おばさんが
「ギョッ!」っとした顔でこっちを見ている。
「へ?」とワシもおばさんの顔を見ていると
「に、にいちゃん、び、びっくりしたでぇ」
とおばさんは叫んだ。
刃渡り30センチもある巨大ナイフを3本も構えた姿に
驚いたのか、はたまた最近の17歳と間違えたのか。
でも、せめてお手玉してる時に驚いてほしかった・・・。
まだ投げてないっての。
 さて、最近調子がいいのはトーチ(火のついたタイマツ)。
見た目派手だし、ゴゥッという音もいい。
しかし、結局ホワイトガソリン(白灯油)は手に入らず。
家にあった灯油で火をつけてます。
しっかし、これがススだらけの真っ黒けになります。
モウモウと上がる黒い煙。気が付けば服、顔、腕が
ススだらけなのです。
家に帰って鼻かんだら黒い鼻水出ました。
 でもさすが派手なことだけあって通りがかりの人は
みんな声をあげて行きますな。
ちょっとトーチにハマッている今日この頃なのでした。

左から ”クラブ” ”トーチ” ”ナイフ”


2000年6月28日

「RKCラジオおはようワイド出演!」


今日はRKCラジオ「おはようワイド」の収録の日。
それなのにあいにくの
どしゃぶり!!
ラジオに出演する事になったいきさつは高知奇術
研究会に入ったときの歓迎会にまでさかのぼる。
 その場に居合わせたメンバーでもあり、RKC
ラジオリポーターでもあるY田さんがワシの自己紹介
を聞いて「ラジオで高知の大道芸人」
としてラジオで紹介したいと持ちかけてきたのだ。
大道芸やマジックの練習時間がとれないのが悔しく
て会社を辞めた・・・。
このいきさつがうけたらしい。
ワシはそのときはあまり本気にしてなかったので、
その後も気にしてなかった。
 マジックバーのマスターU野さんから連絡があったの
はその数日後。マスターは開口一番、
「ラジオとTVの話が来てんだよ。」と言った。
 カッパを着てたといえど、集中豪雨並みの雨に降られ、
大道芸道具共々ずぶぬれになって現地到着。
 生の収録は10:45から。
雨&平日&午前中という最悪のコンディション。当然、
通行人などいやしない。カバンを開くと道具はビショビショ。
ラクーンは道路わきの猫の死体状態でした。
適当な打ち合わせのあと、「じゃぁそろそろはいりますので」
え?え?え?もう?打ち合わせってさっきのでおしまい?
気が付くとすでに始まっていた。
ワシは「Mr.マーサン」として紹介され、ジャグリングを始めた
いきさつ、神奈川から高知へスクーターで帰った事、これから
のことなど、10分ほどインタビューされた。
緊張しっぱなしで、今になっても何を話したのか覚えていない。
それにひきかえ余裕でインタビューに答える
マスターのU野さん。
 しっかし、観客は女の子一人。ほとんど人のいない商店街で
ジャグリングをする寂しさつったら・・・(ミ・ジ・メ・・・)
これで大道芸仲間が増えればいいんだけどな。
今度はTVに出る予定。
ということでジャグリングナイフを買ったぞー!
さて、練習、練習。


2000年5月28日

「わんぱーくこうち飛び入り参加」



先日、TVで桟橋にある「わんぱーくこうち」でイベントが
あるというのをやっていて、その中でバルーンアートも
あります。と言うのを聞き、さっそくのこのこ”一人で”
行ってきました。
本来は5/27(土)だけど、あいにくの雨により翌日曜日に
行われました。(5/29高知新聞朝刊参照してね)
このイベントに行くにあたっての目的はこのイベントに参加
しているであろうバルーニストに会い、高知での活動の事や
大道芸事情、その他諸々を聞きに行く事でした。
原チャに大道芸道具一式載せて現地に到着。
すでにかなりの客が集まり、イベント会場としては狭いながらも
大盛況のようでした。すると、たくさんのペンシルバルーンが
たなびくテントを発見!早速、作っている人に接触・・・が、
そこにいたのは中学生の面々・・・。ガクッ!
やっぱりね・・・。
「あの・・・、神奈川で大道芸をやってた者なんですが・・・」
と自己紹介。うーむ、あやしい・・・。
ってことでこの日はバルーンの手伝いをする事に。
ま、いっか。当分はイベント出演の依頼なんか無いんだし
強引な飛び入りとは言え今日は参加させてもらおう。
この日バルーンアートを行っていたのは市内の子供会のみなさん。
バルーン自体はまだ簡単な物しか作れないということだったので
ワシが早速バルーン10本使った巨大バックスバニーを
作ってあげると、子供会はおろか会場のお客さんには大反響で
ありました。ま、そのままこの日は炎天下の中、ずっとバルーン
やってました。おかげで指先は痛くなるは、日焼けで真っ黒
になるは うるさいガキンチョに付きまとわれるはで
自分にとっては得るものは何もありませんでしたが、
久々のイベント参加にすっかり気を良くした一日でした。
帰り際、連絡先を控えられたが、また呼んでくれるんだろか?
子供会の面倒見る気はサラサラないのでイベント以外は呼んで
ほしくないな と思うワタクシなのでした。
やれやれ、ほんと疲れました。

 
2003/3/23〜 2002/9/13〜2003/3/3 2001/10/23〜2002/7/28 2000/8/24〜2001/8/4 2000/5/28〜2000/8/15

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